この中国語、どう訳す?〔1〕
莉貝歌
先日、ある新聞記事の中に、以下のような文がありました。
他山之石,可以攻玉。
この記事を全文訳すとした場合、
「他山の石、以て玉を攻むべし」
と、訓読してしまえばそれでOKでしょうか。
でも、それでは周囲の文章の中で浮いてしまい、全体的に意味が通らなくなるかもしれません。
そこで、ちょっと日本のネットを調べてみます。
文化庁月報平成23年10月号(No.517)の連載「言葉のQ&A」によれば、
「他山の石」は,中国最古の詩集「詩経(しきょう)」にある故事に由来する言葉です。「よその山から出た粗悪な石も自分の宝石を磨くのに利用できる」ことから「他人のつまらぬ言行も自分の人格を育てる助けとなる」という意味で使われてきました(文化庁 2011)。
ということです。誤用が目立つということですが、それは、「他人の言行を鑑として自らをみがく」という意味で使う人が増えているということです。
さて、「ことわざの意味」として、すでに三つ出てきました。「よその山から出た粗悪な石……」という、「山」「石」というキーワードを含むものと、「他人のつまらぬ言行も……」という、それらを含まないもの。さらに、「誤用」です。
読者に十全に理解して欲しいという気持ちから、上の二つを合体させて、
よその山から出た粗悪な石も自分の宝石を磨くのに利用できるように、他人のつまらぬ言行も自分の人格を育てる助けとなる。
と、訳すことも可能です。もし高校生なら、これで満点かもしれません。
ただ、いま長い文章の中にある「他山の石」の訳し方を考えているので、こんなに長い訳は論外でしょう。
すると、もとの「長い文章」がどのような趣旨のものか、それに合わせて訳し分けるしかないということになります。
ところで、中国の政府系の新聞では、「他山之石」という言葉がかなりよく使われ、その意図するところは要するに、「外国の事柄でも、良いことは中国に取り入れていこう」ということだといえます。例えば日本のことだと、若者が古着を好んで着るとかいうことです。環境保護意識が高いというようにみられているわけですね。
すると。「他人のつまらぬ言行」と訳したら、不穏当ではないでしょうか。環境保護はつまらぬ行いではないし、決して、中国の新聞は外国人の言行を「つまらぬ」と決めつけているのではありません。丹念に記事を読んでいくと、はっきりと“积极学习借鉴”〔積極的に(世界に)学びこれを鑑として〕とも書いてあります。
要するに、中国においては「他山の石」という言葉は、日本文化庁のいう「誤用」と同じ、「他人のすぐれた言行を自己に取り入れる」という意味らしいのです。
こうして、中国語の“他山之石”は“借鉴”に極めて近い意味だということが分かりました。
すると、日本語訳としては、誤解を招きがちな「他山の石」という日本語をなるべく使わず、「(このような行いを)鑑として」のように、あっさり訳すのがよいということになるでしょう。