納品できる翻訳者になろう! 第1回 実務翻訳者の働き方
第1回 実務翻訳者の働き方 井田 綾
はじめまして。このコーナーを担当させていただくことになりました井田です。まずは自己紹介をいたしましょう。
わたしは中国語発音講師の仕事に情熱を傾けながら、文芸翻訳の修行に取り組んでいます。つい先頃までは、翻訳会社からの翻訳案件・チェック案件も受注していました。ご縁をいただき書籍翻訳の機会にも恵まれました。
人の役に立つこと、誰かに喜んでもらえることで承認欲求が満たされるタイプなので、こちらの原文をあちらの読者に届ける翻訳という営みは、性に合っているようです。
何でもお引き受けしよう、とがむしゃらにがんばっていた時期があり、翻訳でも色々なところに首を突っ込んでみました。そんな記憶を引っ張り出しながら、最初の何回かでざっくりとした業界紹介をいたしましょう。
〔而立会会報「達雅」に掲載した記事を加筆修正しています〕
社内翻訳者の働き方
職業としてもっとも安定して実務翻訳に専念できるのは、どこかの会社の社員として籍を置き、その会社の内部で発生する翻訳案件を引き受ける「社内翻訳者」という立場です。多くの場合、「社内通訳者」の役割も任され、来賓接待や出張同行などが業務となっているようです。契約社員の場合は言語のエキスパートという扱いで通訳・翻訳だけを専門に行う場合もあるようですが、一般正社員の場合は他の正社員と同様に社内のさまざまな業務を担当します。今後は外国語に堪能な社員が増え、翻訳・通訳も通常業務の一環として社員が行い、渉外資料やマーケティング資料のみ翻訳会社に外注する、あるいは翻訳会社に外注した翻訳の最終チェックを社員が行う、というリソースの使い分けが一般的なようです。
私がかつて勤めた企業は書店を兼ねた出版社で、中国との取引形態は商社のそれに近いものでした。私は正社員として通常の業務を割り当てられ、たまに通訳が必要なときにその担当を割り当てられるという形で、通訳の仕事を覚えました。通常業務の一つとして中日翻訳が含まれており、大量の翻訳を継続してこなす、という筋トレのような訓練ができました。
フリーランス翻訳者
2000年台までは、英語市場に比べて中国語市場はまだまだ小さく、仕事量は10%あるかないか、と言われていました。そのため特定の分野に限定せず、受けられる仕事は何でも受けるスタイルの翻訳者がほとんどでした。
英語翻訳業界では以前から、仕事の需要も多いわりに、翻訳者志望のライバルの数も圧倒的に多いので、何か特定の得意分野を身に着けて「医療ならAさん」「特許ならBさん」というように指名で仕事を取れるようになる努力が必須でした。
中国語業界でも2010年台に入ると、特定の専門分野を持ち「自動車ならXさん」「医療の特許ならYさん」というように専門分野で指名を取っている翻訳者さんが増えてきました。
戦略的に勉強をして、基礎スキルと専門知識のブラッシュアップをおこない、受けた仕事をきちんとこなす。そうした努力を計画的に積み重ねることで、家計を担えるほどの稼ぎを叩き出すことが現実的になってきました。
とはいえ、中国語学習の裾野が広がり、一定レベルの中国語力を身につけた人材が増えているので、狭い市場のなかに多くのライバルがひしめいている状況です。翻訳力のスキルアップも必須ですが、営業努力も欠かせません。
*次回は翻訳の分野についてざっとご紹介します。
〔プロフィール〕
翻訳者、発音講師、而立会認定中日翻訳士。中国史を専攻し、北京大学の大学院聴講生として民俗文学・民間文化を学ぶ。第二言語習得論と翻訳に魅了され、帰国後は中国語講師、翻訳コーディネーター、(株)東方書店で社内翻訳と書籍編集制作に携わったのち独立。訳書に『街なかの中国語』(東方書店)など。