納品できる翻訳者になろう! 第2回 実務翻訳の分野(1)一般・ビジネス・産業

納品できる翻訳者になろう!

――ひよこ翻訳家のための基礎知識講座――

井田 綾

第2回 実務翻訳の分野(1)一般・ビジネス・産業

【一般分野】

報道記事やコラム、エッセイなどの翻訳です。業界全体ではあまり案件の分量は多くないのですが、翻訳者登録の際に「これならできます」と申請する翻訳者が最も多いのがこの分野です。訳文の使用目的は、資料として閲覧するほか、雑誌やネットメディアに掲載される場合もあり、正確な内容理解とともに、迅速な翻訳、読者に伝わりやすい日本語仕上がりが求められることもあります。私がいちばん苦手なのはグルメサイトのメニュー翻訳です。

【一般(社会科学・自然科学)】

海外の政策に関する資料の翻訳が求められることもあります。資源、農業、水産、観光など、特に官公庁で年次資料を整えるために、定期的に発生する案件もあるようです。

学術論文の翻訳もまれにあります。学術論文の読み手はたいていが専門研究者なので翻訳が必要な場面はそうそうないのですが、国際学会の準備資料などとして翻訳が必要な場合があるようです。

【一般(出入国・社会保障)】

ビザ取得や永住権取得などは、個人で手続きしたり行政書士事務所が行ったりしますが、それ以外に、診断書、保険支給、年金支給、帰国邦人支援、婚姻証明といった案件もあります。

【ビジネス分野】

会議の議事録、契約書、社内コンプライアンス資料など、企業グループの内部では海外拠点と日本拠点との連絡に必要な文書がたくさん発生します。社内に通訳者・翻訳者がいても、すべての文書を社内で翻訳するには時間的余裕がないことから、翻訳会社に外注されることが多いようです。翻訳会社から上がってきた文書は、さらに、社内事情を熟知している社内通翻訳者や語学力のある担当者によるチェックを経て現場で使用されます。

【マーケティング】

企業が作成する文書のうち、顧客あるいは一般消費者に向けて発信する情報の翻訳も発生します。企業のブランディングにかかわる部分で使用するため、言葉の選び方で企業イメージを左右する怖さもあります。一般分野やビジネス分野に比べて、時間をかけてもいいから高品質な仕上がりを求める、という場合が多いです。原文直訳を離れ、魅力的な訳文にリライトする技量が必要なこともあります。

【金融】

企業IR情報を多言語で準備するための翻訳が発生します。経済状況を観測するために報道記事や財界人のスピーチを翻訳するという案件もまだありますが、いまやシンクタンクや銀行内部に言語を読める人材が配置されているので、翻訳会社に外注される案件は専門性が高いか量が多いか緊急性が高いか、といったものが多くなっています。

【産業・特許】

機械・工学・情報技術など多様な分野で案件が発生します。製品の取扱説明書や仕様書などのローカライズも必要ですし、製品の開発段階および特許申請段階で海外の特許を精査する必要もあります。こういった分野の翻訳は分量が多く専門用語も多いため、翻訳会社を通じて外注されることがほとんどです。特許案件のみを扱う翻訳会社もあります。この分野の翻訳を受注するには、技術分野全般に関する広い知識と、その中の専門分野に関する深い知識の両方が必要です。その能力をはかる検定試験などはありませんが、その能力を高めるための勉強をきちんと積み重ねておかないと、翻訳実務を効率的に進めるのは難しいでしょう。

(つづく)

*次回は映像翻訳についてご紹介します。

〔プロフィール〕

翻訳者、発音講師、而立会認定中日翻訳士。中国史を専攻し、北京大学の大学院聴講生として民俗文学・民間文化を学ぶ。第二言語習得論と翻訳に魅了され、帰国後は中国語講師、翻訳コーディネーター、(株)東方書店で社内翻訳と書籍編集制作に携わったのち独立。訳書に『街なかの中国語』(東方書店)など。

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