漢字の海を泳ぐ――安排

晴遊雨読

中日翻訳をしていると、よく知っている単語なのに、どうもうまく訳がはまらないことがある。

辞書を引いて、訳語に適切なものがないか見る。類語辞典でうまい言い換えがないか探す。中中辞典でニュアンスを感じる。中国の検索サイトで使われている例を見つけ、いい訳にならないか検討する。

とても努力しているようだが、実際にはこういう作業をやればやるほどわからなくなり、本質からはずれていく。

最後には何か訳語を決めなければならないので、その時点で最適だと思う訳にし、たいていはなんとか通る。しかし時に、中国とはほとんど縁のない業界の、中国とはほとんど縁のない担当者から「意味がわかりません」とフィードバックが返ってくることがある。これが実に恐ろしく、そして実にありがたい。そんな話である。

映画についての文章で、ある場面の雰囲気がとてもよく出ているという文脈で書かれている部分であった。

这个画面真有村里的气氛,观众不觉得这是被明显安排过的。
このシーンには村の雰囲気がとてもよく出ている。見る人は、これは明らかに××されたのだとは感じない。

ひっかかったのは安排である。まずは辞書を引いてみる。

【小学館中日辞典】
(物事を)都合よく処理する。手配する。(適当に人材などを)配置する。割りふりする。
【白水社中国語辞典】
(人員・労働力・仕事・計画・時間・日程などを手順よく)適当に処理する。配置する。あんばいする。段取りをする。手配する。手はずを整える。割りふりする。
【現代漢語辞典】
有条理、分先后地处理(事物);安置(人员)。
【漢典】
[arrange;fix up] 安置处理

なるほど。ここから訳語を当ててみる。

明らかに手配された
明らかに処理された
明らかに割り振られた

いや、それを否定しているのだから、逆に訳すか。

明らかな手配間違いだと思った
明らかな配置ミスと感じた

ダメだ。「意味がわかりません」。文脈と組み合わせて考えてみるしかない。

話題になっている場面は非常に真に迫ったものであった。実際には設定されたものだが、実際の村で起きた実際の場面に見え、××されたようには思えない。つまり、何かが「手配」され、「配置」され、「処理」されたようには見えない。

ここまで考えると、光がさしてきた。何かとは何か。そう、その場面には、村にいかにもありそうなものが「手配」され、いかにもありそうな場所に「配置」され、いかにもありそうな感じで「処理」されている。観客は映画を見て、そうは思わなかったと言いたいのだ。

さあ、これなら行けるかもしれない。

見る人はこれが明らかに、いかにもありそうなものを手配し、いかにもありそうな場所に配置し、いかにもありそうな感じで処理した場面とは感じなかった。

これでは訳にならない。なんとかまとめなくては。

ここまで考えて过に気づいた。过をなんとなく見過ごしてしまったが、元の意味を考えれば、安排というプロセスをすでに経ているという意味だ。そのプロセスを経て、実際に目に見える形で存在しているのである。「物」を使っていいのではないか。

脳みそが沸騰し始めている。もうこれ以上は考えられない。もうすぐタイムリミットだ。ということで出した最終的な訳がこれ。

这个画面真有村里的气氛,观众不觉得这是被明显安排过的
このシーンには村の雰囲気がとてもよく出ている。見る人は、これが明らかな作り物だとは感じなかった。

原文を見て、最後の訳を見れば、意訳どころか誤訳と言われてしまいそうだ。実はもっとうまく訳せるのかもしれないが、私にはこれが限界である。

さて、結論をひねり出したところでやれやれと改めて辞書を見ると、最初の辞書の最初に、なんと「(物事を)都合良く処理する」と書いてある。私がそれを都合良くスルーしていたのであった。参りました。

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